はじめに
アイクリスタルでは、これまで主に半導体製造プロセスを対象として、プロセスインフォマティクス(Process Informatics, PI)の取り組みを進めてきました1。半導体プロセスは工程数が多く、実データが限られる場面も多いため、理論モデル・シミュレーション・機械学習を組み合わせた最適化手法が求められます。このような背景のもと、アイクリスタルではデジタルツインやサロゲートモデルを活用し、限られたデータ環境下でもプロセス全体を高速に最適化する技術開発に注力してきました。
一方で、PIの考え方は、半導体プロセス特有のものではないと、筆者は考えています。多くの製造業には化学工学を基盤とするプロセスが存在し、ユーティリティ設備も例外ではありません。水処理プロセスにも本質的には、同じ課題構造があると考えられます。水処理は、連続系かつ多段プロセスであり、原水条件や運転状態の変動が大きく、設計と運転の間に乖離が生じやすいことが多いです。その一方で、取得できるデータは限られており、現場では経験や勘に基づく調整が今なお重要な役割を担っていることから、DX化が容易ではないことが課題として挙げられます。
本稿では、まず水処理エンジニアリングの現場において、なぜ設計と運転の乖離や属人的な調整が生じやすいのかを整理します(第1章)。次に、従来の水処理プロセスシミュレーションが抱えてきた技術的な限界(第2章)を踏まえたうえで、PIの視点からシミュレーションやモデルをどのように再定義(第3章)し、PIを適用できるのかを議論します。さらに、サロゲートモデル(第4章)やソフトセンサー、半教師学習(第5章)といった手法を通じて、スモールデータ環境下でも実用的なDXを進めるための具体的なアプローチを示します。最後に、デジタルツインを基盤としたプラント全体最適化の将来像について触れ、水処理プロセスが持つPIとしての可能性を展望(第6章)します。

第1章:水処理エンジニアリングの現実と難しさ
水処理は、取水・前処理から超純水(UPW)の製造・供給、使用後の排水処理、回収・再利用に至るまで、工場内外の水循環を支える多様なプロセスから成ります。プロセス構成を俯瞰すると、凝集・沈殿・反応・膜分離・吸着・イオン交換・移送といった化学工学的単位操作が、連続的かつ多段に組み合わされた典型的な連続プロセスであることが分かります。さらに、生物反応や化学反応、流体挙動が同時に関与する場面も多く、単一の支配現象だけで全体を説明することは困難です2 3。
このような水処理プロセスの大きな特徴の一つが、入力条件の変動幅が大きいことです。原水水質や流量は時間とともに大きく変動し、地域的な特性、季節性や突発的な外乱の影響も受けます。設計段階では、想定条件や安全側のマージンを置いた上での設備仕様が決められますが、実際の運転環境では、その想定から外れた条件で運転せざるを得ない場面が少なくありません。その結果、設計時に描かれた性能と、運転時に求められる調整の間に乖離が生じやすくなります。
また、水処理プラントでは、それぞれの処理において、直接測定が難しい状態量が多いことも特徴です。例えば凝集沈殿のプロセスにおける薬品と沈殿物の反応の進行度合いや、排水処理における生物活性、超純水製造時の極微量な水質変化などは、オンラインで常時計測できないため、サンプリングによるオフライン計測や、限られたセンサ情報に基づく推定により運転が行われています4。そのため、現場では長年の経験を持つ現場オペレータやエンジニアの判断が重要な役割を果たしており、「経験と勘」に基づく調整が、水処理プロセスの安定化の鍵となってきました。
こうした背景から、水処理エンジニアリングは、長年の歴史があり、高度に体系化された分野でありながらも、実運用においては属人的な判断に依存する側面が残りやすい分野であるのが現状です。この点は、DXや自動化を進める上での高いハードルとなっており、単純なデータ活用やモデル導入だけでは解決が難しい課題として認識されています。
第2章:従来の水処理プロセスシミュレーションの限界
水処理分野においては、これまでもプロセス理解や設計支援を目的として、様々なシミュレーション技術が用いられてきました [2]。代表的な用途としては、設計段階での性能評価や、特定条件下での物質収支・反応挙動の確認などが挙げられます。これらのシミュレーションは、化学工学的な理論や経験式に基づいて構築されており、水処理プロセスの理解を深める上で重要な役割を果たしてきました。
一方で、従来の水処理シミュレーションは、多くの場合、定常状態や代表条件を前提としており、原水変動や外乱を含む広範な条件を網羅的に扱うことは難しいのが現状です[2]。その結果、実プラントの多様な運転シナリオへ直接適用しにくい場面が生じます。
さらに、シミュレーションモデルと実プラントデータの間には、必然的にギャップが存在します。そのギャップは、モデル化の簡略化やパラメータ不確実性、測定誤差などによるもので、理論モデルが実挙動を完全に再現することは困難です。特に水処理プロセスでは、生物反応や原水水質のばらつきといった”現場”の要素が大きく影響するため、モデル精度を高く保つためには多くの調整や仮定が必要になります。
このような背景から、従来の水処理プロセスシミュレーションは、「正解を一つ求めるためのツール」としては有効である一方で、運転条件の最適化やリアルタイムな意思決定支援といった用途には、適用が難しく、結果として、シミュレーションは設計や検討段階に留まり、実運用におけるDXや自動化には直結しないという問題がありました。

次章では、こうした従来の位置づけを踏まえた上で、水処理シミュレーションをPIの視点からどのように再定義できるのかを議論します。シミュレーションを単なる「答えを出す装置」ではなく、「データを生み出す装置」として活用することで、スモールデータ環境下でも実用的な最適化やDXを実現する可能性を示していきます。
第3章:プロセスインフォマティクス視点で再定義する水処理シミュレーション
第2章で紹介したように、水処理分野におけるプロセスシミュレーションは、これまで主に設計検討や性能確認を目的として利用されてきました。すなわち、ある運転条件や設計条件を与え、その条件下での処理性能や挙動を評価する「答えを出す装置」としての役割が中心でした。このアプローチは、設計点や代表条件の妥当性を確認する上では有効である一方で、実運用における多様な条件変動や外乱を前提とした運転の最適化や運転条件の意思決定を支援するには十分とは言えませんでした。
本章では、PIの視点から水処理シミュレーションの位置づけを捉え直します。PIにおいて重要なのは、単一条件での精緻な解を得ることよりも、現実的に起こり得る運転条件全体に対して、プロセスがどのような振る舞いを示すのかを把握するために、より多くの条件バリエーションに対応したデータを取得することです。そこで、水処理シミュレーションを単一条件の解を得るためだけでなく、多様な運転条件に対する「挙動データを得るための装置」として活用することで、スモールデータ環境下でもPI適用が可能になります。この考え方は、近年の水処理モデリングやプロセス最適化の研究においても重要性が指摘されています [2,3]。
具体的には、原水水質、流量、反応条件、運転パラメータなどを現実的な範囲で系統的に変化させ、シミュレーションを多数回実行します。ここで得られるのは、単一の最適解ではなく、処理性能や安定性がどの条件領域で確保されるのか、あるいはどの領域で不安定化するのかといった「運転条件空間全体の構造」です。水処理プロセスは外乱や不確実性が大きいため、点としての最適解よりも、ロバストに運転可能な領域を把握することが実務上は重要になります。 また、実プラントデータが限られるスモールデータの状況を前提とすると、シミュレーションは万能な教師として振る舞うことは難しいと想定されます。複雑な現象を簡略したモデル化や未知パラメータの存在により、シミュレーション結果と実挙動の間には必ず乖離が生じます。PIでは、この乖離を前提とした上で、シミュレーション結果を「全体像を粗く捉えるためのたたき台」として用い、限られた実データを用いてモデルを補正・更新していくという活用思想を取ります5。このように、シミュレーション結果と実データを組み合わせて段階的に知識を洗練させていく点が、従来の単一的なシミュレーションの活用との大きな違いです。
第4章:サロゲートモデルによる水処理プロセスの可視化と即時解析
水処理プロセスの理解や最適化を進める上で、装置内部やプロセス状態を高精度に直接「解く」ことは非常に有用で、多くのインサイトを得ることができますが、全ての条件を解析するには限界があります。詳細な反応モデルや流体モデルを用いた解析は、計算コストが高く、リアルタイムでの評価や広範な条件探索には適していません。さらに、装置構造や条件が変わるたびにモデル構築や調整が必要となり、実運用への展開を難しくします。
この課題に対して有効なのが、サロゲートモデル(代理モデル)の活用です。サロゲートモデルは、シミュレーションや実データから得られた入出力関係を学習し、元のモデルを高速に近似するものです。水処理プロセスにおいては、処理性能指標や重要な状態量を対象としてサロゲートモデルを構築することで、運転条件を変化させた際の影響を即時に評価できるようになります6。
サロゲートモデルの大きな利点は、詳細な物理・化学現象を完全に再現しなくとも、運転判断に必要な傾向や相対的な関係性を把握できる点にあります。これにより、オペレータやエンジニアは、試行錯誤を伴う調整を仮想空間上で行い、その結果を実運用に反映させることが可能になります。すなわち、プロセス状態の「可視化」と「即時解析」を同時に実現する基盤として機能します。
さらに近年では、低忠実度モデルと高忠実度モデルを組み合わせた転移学習の考え方が注目されています7 8。水処理分野においても、簡易モデルや粗いシミュレーション結果を大量に用いて学習したモデルを基盤とし、少量の高忠実度データや実プラントデータで補正することで、精度と汎用性を両立させるアプローチが可能であると想定されます。こうした高低忠実度・転移学習型のサロゲートモデルは、スモールデータ環境下でも実用的な解析・最適化を可能にする有力な手段です。
水処理プロセスにサロゲートモデルを導入することは、単なる計算高速化に留まりません。シミュレーション、現場の実データ、運転知見を統合することで、従来は暗黙知として扱われてきた運転ノウハウを形式知化し、次章以降で述べるソフトセンサーや自律的な学習・最適化へと発展させるための重要な基盤となります。
第5章:ソフトセンサーと半教師学習による自律学習型水処理プラント
水処理プロセスの運転において大きな制約となるのが、「直接測定できない量」の多さです。凝集・沈殿や反応プロセスにおける反応進行度、生物処理における微生物活性や反応状態、さらには膜分離プロセスにおけるファウリングの進行状態など、多くの重要な状態量はオンラインで連続計測できません。そのため、水処理プラントでは、限られたセンサ情報と運転履歴をもとに、経験的な判断を交えながら運転が行われてきました。
このような課題に対する有効なアプローチが、ソフトセンサーの活用です。ソフトセンサーとは、直接測定が困難な状態量を、流量、圧力、水温、pH、溶存酸素などの比較的取得しやすい変数や運転条件から推定するモデルを指します。プロセス産業全般においてソフトセンサーは重要な役割を果たしてきましたが、例えば排水処理分野におけるBOD(生物化学的酸素要求量)やCOD(化学的酸素要求量) といった有機物指標の推定、生物処理プロセスにおける内部状態の推定、膜分離プロセスにおけるファウリング進行状態の推定など、様々な応用が報告されています9 10 11。

特に膜分離プロセスは、ソフトセンサーの適用対象として典型的な例です。膜ファウリングは直接観測が困難である一方、TMP(膜間差圧)、フラックス、運転時間、洗浄履歴などの間接情報は豊富に取得可能です。このため、これらの変数を入力とし、ファウリング進行状態や性能劣化を推定するデータ駆動型ソフトセンサーが数多く提案されてきました。人工ニューラルネットワークを用いた膜ファウリング予測に関する研究において、膜分離分野におけるソフトセンサーの有効性が示されています12 13。
一方で、従来のソフトセンサーには明確な限界も存在します。その最大の要因は、教師データの不足とプロセス特性の時間変化です。推定対象となる状態量は測定が困難であるため、十分なラベル付きデータを継続的に取得することができません。さらに、水処理プロセスでは、原水水質の季節変動や生物反応系の変化、膜ファウリングや設備劣化などにより、プロセスの入出力関係が時間とともに変化します。その結果、学習時には妥当であったモデルであっても、運転を継続する中で推定精度が低下するリスクがあります。このような背景から、静的な教師あり学習モデルとしてソフトセンサーを導入するだけでは、長期的な運転支援には不十分となる場合があります。
この課題に対して近年注目されているのが、半教師学習や自己学習を取り入れたソフトセンサーの枠組みです。半教師学習では、少量のラベル付きデータと大量のラベルなしデータを組み合わせてモデルを学習します。水処理プラントでは、日常運転から得られる大量の運転データをラベルなしデータとして活用し、定期分析や試験時に得られる限られた実測値をラベル付きデータとして用いることで、モデルを段階的に更新することが可能です。

例えば、自己学習型の半教師ソフトセンサーでは、モデル自身が高信頼と判断した推定結果を擬似ラベルとして再学習に用いる枠組みが提案されています14。このような手法では、ラベル取得頻度が低い状況下でも、運転を通じてモデルを改善していくことが可能となります。また、推定結果の不確実性を考慮することで、誤った擬似ラベルが学習に与える影響を抑制する工夫もなされています。
さらに、報酬メカニズムを導入した半教師ソフトセンサーも提案されています15。この枠組みでは、推定結果がプロセスの安定性や運転目的にどの程度寄与しているかを報酬として定義し、必ずしも明示的な正解ラベルが存在しない状況でもモデル更新を可能にします。これは、水処理現場において「正確な値は分からないが、運転としては問題ない/問題がある」といった定性的な判断が行われてきた実態と親和性の高い考え方です。
加えて、近年のレビュー研究では、グラフニューラルネットワーク(GNN)を用いたソフトセンサーの可能性も整理されています16。GNNを用いることで、プロセス変数間の物理的・因果的な関係をグラフ構造として表現し、単一変数の回帰では捉えきれないプロセス全体の構造を学習に取り込むことが可能となります。多段かつ相互依存性の強い水処理プロセスにおいては、このような構造情報を活用したソフトセンサーは有力な選択肢となり得ます。
このように、ソフトセンサーと半教師学習を組み合わせることで、モデルは固定的な推定器ではなく、運転を通じて学習・更新される存在となります。これは完全な自動運転を意味するものではなく、オペレータやエンジニアの判断を補助しながら、変化に追従する「自律的に学習する運転支援システム」として位置づけられます。第3章の再定義された水処理シミュレーション、第4章の即時解析と組み合わせることで、スモールデータ環境下でも知識を蓄積しながら安定運転と最適化を両立する基盤へと発展していきます。次章では、これらの要素を統合したデジタルツインによるプラント最適化の将来像について議論します。
ここまで、水処理プロセスを題材にPIの適用可能性を議論してきました。本章では、これまでアイクリスタルが主に対象としてきた半導体プロセスと水処理プロセスを比較し、その共通点と相違点を整理します。この比較を通じて、プロセスインフォマティクスを特定業界に閉じた技術ではなく、業界横断的な思考枠組みとして捉える意義を明確にします。
まず共通点として挙げられるのが、スモールデータ環境と多段プロセス構造です。半導体プロセスでは、多数の工程が直列に接続され、各工程の条件変更が最終特性に影響を及ぼします。一方、水処理プロセスも沈殿、反応、分離といった単位操作が連続的に接続され、上流条件の変化が下流工程へ波及します。いずれの分野においても、全工程を網羅した十分な実データを取得することは困難であり、限られたデータを前提に全体最適を考える必要があります。
一方で、両者には明確な相違点も存在します。代表的なのが時定数の違いです。半導体プロセスでは、工程ごとの応答は比較的速く、条件変更の影響が短時間で観測される場合が多いのに対し、水処理プロセスでは反応や生物活性の変化が顕在化するまでに時間を要します。また、支配的な物理現象も異なります。半導体プロセスでは物理・化学現象が比較的明確に分離される一方、水処理では化学反応、流体挙動、生物反応が強く結びついています。さらに、許容誤差の考え方も異なり、半導体では極めて厳密な制御が求められるのに対し、水処理では安定性やロバスト性がより重視される傾向があります。
こうした違いはあるものの、PIの本質は共通しています。それは、限られたデータと不確実性の中で、プロセス全体の振る舞いを理解し、意思決定を支援する枠組みを構築することです。半導体分野で培われたPIの考え方を水処理に適用することは、単なる技術転用ではなく、複雑なプロセスを扱うための普遍的な方法論を検証する試みと位置づけることができます。この観点から、水処理プロセスはPIの有効性を示す格好の対象であると言えるでしょう。
第6章:デジタルツインによる水処理プラントの最適設計と運用
これまでの章では、水処理プロセスが持つ構造的な難しさを整理した上で、プロセスシミュレーションの再定義、サロゲートモデルによる可視化と即時解析、さらにソフトセンサーと半教師学習による自律的な運転支援へと議論を進めてきました。本章では、これらの要素を統合する枠組みとして、デジタルツインによる水処理プラントの最適設計と運用について考察します。

6.1 水処理プラント最適化を全体設計として捉える視点
水処理プラントは、単に水質を規格内に収めるための設備ではなく、多くの産業において最終製品の品質や歩留まり、さらには製造プロセス全体の安定性に影響を与える重要なシステムです。特に半導体、化学、医薬品などの分野では、水処理条件のわずかな変動が下流プロセスの挙動に影響を及ぼすことも少なくありません。また排水処理では、有害物質の流出が健康・環境に影響し、企業の社会的信用にも直結します。
しかし、従来の水処理設計や運用では、第2章に示したように、個々の装置や単位操作ごとに最適化が行われることが多く、プラント全体、さらには顧客プロセスまで含めた最適化は十分に検討されてこなかった側面があります。設計、運転、改善がそれぞれ独立したフェーズとして扱われ、知見が体系的に循環しにくい構造が、その一因であると考えられます。
デジタルツインは、これまで示してきたように、この分断を解消し、水処理プラントを一つのシステムとして捉え直すための基盤となります。設計段階で構築されたモデル、運転中に取得される実データ、改善活動を通じて蓄積される知見を仮想空間上で統合することで、プラント全体を俯瞰した最適設計と運用を検討することが可能になります。
6.2 他分野事例に見るデジタルツイン×最適化の実装イメージ
デジタルツインを「可視化」や「事後解析」に留めず、設計・運用の意思決定を前に進める「探索と最適化の基盤」として活用する実装例は、既に他分野で現れています。ここではアイクリスタルが取り組んだ、(1) 多段プロセスをつないだ全体最適化、(2) 設計段階での配置・仕様決定の最適化という2つの事例をご紹介します。
一つ目は、Siウェーハ製造からCIS製造までの複数工程(30工程)をデジタルツインで接続し、工程間の相互作用を含めて全体最適化を実ラインで検証した「メタファクトリー」の事例です。個別工程の最適化では届きにくい性能指標を、上流〜下流をまたぐ形で最適化できることを示しています。(プレスリリース1)
二つ目は、工場の三次元デジタルツイン上でレイアウトや制約条件を再現し、設備配置を探索・評価することで、設計検討の効率化を狙った取り組み事例です。詳細については、リンク先をご覧ください。(プレスリリース2)
より詳細につきましては、リンク先のプレスリリースをご覧ください。
6.3 水処理プラントにおける具体的な最適化ユースケース
デジタルツインを基盤とした水処理プラントの最適化は、前節の事例が示すように、具体的ユースケースに展開できます。
例えば、原水水質の変動や外乱条件を考慮しながら、下流プロセスが要求する水質を満たす運転条件を評価・調整することで、最終製品の品質や歩留まりの安定化に寄与します。また、薬剤投入量や曝気条件、回収率などを統合的に最適化することで、品質制約を満たしつつエネルギーや薬品コストの削減を図ることも可能です。また、不良の原因を推定し、その工程の抜本的な改善や交換の必要性などについても貢献できます。
さらに、ソフトセンサーによる状態推定と将来予測を組み合わせ、モデル予測制御(MPC)を適用することで、外乱に対して事後的に対応するのではなく、予測に基づく運転制御を実現することができます。これらはいずれも、個別装置の改善ではなく、プラント全体を一つのシステムとして捉えることで初めて実現可能となる取り組みです。

6.4 実装に向けた段階的アプローチと課題
デジタルツインによる水処理プラント最適化を実装するためには、段階的なアプローチが現実的であると考えられます。まずは既存のシミュレーションやPIモデルと現場データを接続し、条件探索や可視化といった限定的な用途から着手します。その後、サロゲートモデルやソフトセンサーを導入することで、スモールデータ環境下でも機能する評価・最適化へと発展させていきます。
最終的には、モデルを継続的に更新する仕組みと、現場からのフィードバックを取り込む運用体制を確立する必要があります。そのためには、データ品質管理やモデル妥当性の評価、組織横断でのデータ活用といった非技術的な課題にも取り組むことが不可欠です。デジタルツインは単なる解析ツールではなく、設計・運用・改善をつなぐための運用基盤として位置づけることが重要になります。
おわりに
本稿では、水処理プロセスを題材として、PIの考え方がどのように適用可能であるかを、化学工学的な視点から整理してきました。水処理プロセスは、連続系かつ多段構造を持ち、原水条件や運転状態の変動が大きい一方で、取得可能なデータは限られています。このような特性は、設計と運転の乖離や属人的な調整を生みやすい要因であると同時に、スモールデータ環境下でプロセス全体を理解・最適化するというPIの課題設定と本質的に重なっています。その意味で、水処理プロセスは、PIを適用する上で極めて親和性の高い対象であると整理することができます。
また、本稿では、従来の水処理プロセスシミュレーションの限界を踏まえた上で、シミュレータを「答えを出す装置」から「データを生み出す装置」として再定義する視点を示しました。さらに、サロゲートモデルによる可視化と即時解析、ソフトセンサーと半教師学習による自律的な運転支援といったアプローチを通じて、スモールデータ環境下でも段階的に知識を蓄積し、実用的なDXを進めるための具体的な道筋を議論しました。これらはいずれも、化学工学に基づくモデル理解とデータ駆動型手法を対立させるものではなく、両者を補完的に組み合わせることで初めて有効に機能するものです。
化学工学は、元々複雑な現象を単位操作として分解し、全体をシステムとして捉える学問です。この考え方はPIにおけるモデル化や全体最適化の発想と自然に接続します。本稿で示した水処理プロセスへの適用は、その一例に過ぎませんが、化学工学的視点を基盤としたPIの枠組みは、今後さらに多様なプロセスへと拡張可能であると考えられます。
実際、半導体プロセスに限らず、エネルギー、化学、材料、医薬品、さらにはユーティリティ設備や環境プロセスに至るまで、多段かつ不確実性の高いプロセスは数多く存在しています。これらの分野においても、限られたデータとモデルを組み合わせながら、設計・運転・改善を循環させていくというPIの考え方は、有効なアプローチとなり得ると筆者は考えています。
水処理プロセスを起点として整理した本稿の議論が、PI を特定分野の技術としてではなく、複雑なプロセス課題に向き合うための横断的な思考枠組みとして捉え直すきっかけとなれば幸いです。アイクリスタルでは、これまで半導体分野で培ってきたプロセスインフォマティクスの知見を活かし、水処理をはじめとする多様なプロセス課題に対して、現場とともに考え、段階的に解決していく取り組みを進めています。
設計と運転の乖離、スモールデータ環境下での最適化、属人的な判断が残るプロセスの高度化など、日々の業務の中で感じている課題があれば、ぜひ一度お聞かせください。私たちは、ツールを一方的に提供するのではなく、課題整理からモデル構築、実装・運用までを伴走しながら支援していくことを大切にしています。 プロセスインフォマティクスを通じて、現場に根ざした改善と将来に向けた発展をともに実現していければと考えています。ご関心をお持ちいただけましたら、コンタクトよりお気軽にご連絡ください。
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